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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)134号 判決

原告

シーメンス アクチエンゲゼルシヤフト

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和58年1月31日、昭和55年審判第8227号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は西暦1971年3月19日ドイツ連邦共和国にした特許出願に基き、パリ同盟条約第4条の規定による優先権主張をして昭和47年3月21日、名称を「表面形状の無接触測定方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願したところ、昭和55年1月14日拒絶査定があつたので昭和55年5月13日審判を請求し、昭和55年審判第8227号事件として審理されたが、昭和58年1月31日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月13日原告に送達された。なお原告は外国に住所を有する法人のため、出訴期間として3か月の期間を附加された。

2  本願発明の要旨

レーザー光源から出たレーザー光線を測定表面の上方に設けられた光偏向体を通して測定表面上で平行直線群を画くように偏向し、表面で反射した光を表面の上方特定の距離に置かれた絞りを備える集束光学系を通して検出器に入射させ、表面に向つて送り出された光線の特定の基準線に対する放出角αと測定表面で反射した光線の同じ基準線に対する入射角βと基準線の長さから基準線と反射点の間の距離を求めることによつて測定表面の形状を決定する装置において、光偏向体が制御可能のアカストオブテイツク光偏向体から構成され、光偏向体の射出点と検出器の入射絞りを結ぶ線が基準線となり検出器は感光素子マトリツクスを含みその各素子がその配置位置によつて検出器に入射する反射光の入射角βに対応する信号を送り出すように構成されていることを特徴とする物体の表面形状の無接触測定装置。

3  審決理由の要点

昭和57年6月25日付拒絶理由通知書で、明細書および図面の記載の不備を5項目にわたつて指摘したところ、請求人(原告)は、昭和57年11月12日付の手続補正書を提出して明細書を全文補正するとともに図面第2図ないし第4図を削除した。

そこで、右全文補正明細書および図面について検討すると、その記載は依然として不備であるから、本願について拒絶をすべきものとする。

すなわち、明細書6頁14行ないし7頁7行に記載されたように、「光路反転の原理」に従つて、測定表面の走査点と受光素子マトリツクスの受光素子は1対1の対応関係にあり、測定表面の走査点と検出器の入射絞りを結ぶ線と基準線の間の角βは、走査点毎に定まるので、検出器の各受光素子の位置に対応して計器定数とすることができることは認められる。たゞし、前記計器定数とすることができるのは、測定表面に光を散乱するようなデコボコがない場合に限られるのである。ところで、本発明の目的は物体の表面形状を測定することであるが、前記「表面形状」の意味は必ずしも明瞭でない。しかし、明細書8頁6行、7行「走査点7で散乱された光」、同9頁8行、9行「測定表面の形状を例えばミリ秒程度の短時間で決定する」等の記載を参酌すれば、本発明の「表面形状」とは、一般に表面粗さといわれている、表面のランダムな凹凸の状態を意味するものと認める。ところで、本発明において、走査点7に形成される直線状のレーザー光スポツトの各点からの反射光は、その反射点での凹凸に応じて角βを変化させる方向(図紙面内)で反射されるだけでなく、図紙面に垂直な方向にも偏向して反射されるから、この場合には、その反射光を受光する受光素子14と走査点(反射点)とは、もはや、前記の計器定数といえる1対1の対応関係が成立つものではない。しかるに、測定表面の凹凸によつて受光素子と走査点とが1対1の対応関係にない場合において角βを求めることについて記載がされてなく、先の拒絶理由に示した(4)項の点は依然として記載不備であるので、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件をみたしていないものと認める。

4  審決取消事由

審決は、次の諸点において判断を誤つており、明細書の記載不備として本願を特許法第36条第4項に規定する要件をみたしていないものとしたのは違法であり、取消されねばならない。

1 審決においては、測定表面の走査点と検出器の入射絞りを結ぶ線と基準線の間の角βは検出器の各受光素子の位置に対応して計器定数とすることができることは認めながら、角βを計器定数とすることができるのは、測定表面に光を散乱するようなデコボコがない場合に限られると認定しているが、これは誤りである。すなわち測定表面に光を散乱するようなデコボコがない場合には、測定表面で反射した光は反射の法則に従い、ある一方向にのみ進むだけであるから、その反射光の方向に検出器がない限り受光することはできず、測定装置としては用をなさない。しかしながら、測定表面にデコボコがある場合には、測定表面で反射した光はいわゆる乱反射し、レーザー光スポツトを中心とする立体角内の空間であらゆる方向に向つて分散反射される。この点を更に詳細に説明すれば、デコボコのある表面はミクロ的に観察すればそれぞれアトランダムな方向に向いた微細な無数の平面鏡から成り立つているものと見てよく、従つて測定表面に当つた光は、光が当つた部分に存在する無数の微細な平面鏡において正反射し、あらゆる方向に分散されるから、分散した光の中には、前述の角βを持つ光が必ず存在し、この光を検出器によつて受光することができるのである。したがつて、受光器の位置に目を置いた場合にも測定表面上のレーザー光スポツトを見ることができるのである。それ故測定表面に光を散乱するようなデコボコがある場合において、測定表面の走査点と受光素子マトリツクスの受光素子は1対1の対応関係となり、測定表面の走査点と検出器の入射絞りを結ぶ線と基準線の間の角βを検出器の各受光素子の位置に対応して計器定数とすることができるのである。更にいうならば、測定表面に光を散乱するようなデコボコがある場合にこそ本願発明の測定は可能となるものである。そして測定表面に当つて反射した光の内、検出器に入射した光以外の各方向に分散した光については全く考慮する必要はないのである。

2 審決においては、本願発明の「表面形状」を表面粗さといわれているものを意味すると認定しているが、本願発明における表面形状は、表面粗さのような、表面の微視的な性状を意味するのではなく、いわゆるプロフイールといわれるような、物体の断面形状、すなわち物体表面の巨視的な凹凸の状態を意味するものである。そもそも「形状」という表現は、物体表面の巨視的な凹凸の状態を表わす言葉であり、表面粗さのような物体表面の微視的な凹凸の状態を表わすには通常不適切な言葉であつて、本願発明においてもかかる通常の使い方に従い「表面形状」なる用語を使用したものであるが、そのことは本願発明の全文補正明細書の9頁11行ないし13行の「この発明による装置は容器内においての表面高さを監視しながら行なう計算器制御の製造工程に利用することができる。」なる記述からも読み取ることができる。逆に審決認定のように、全文補正明細書8頁6行、7行の「走査点7で散乱された光」、9頁8行、9行の「測定表面の形状を例えばミリ秒程度の短時間で決定する」の記載から、表面形状は表面粗さを意味するとの結論を引き出すことはできない。

3 次に審決においては、走査点に形成される直線状のレーザー光スポツトの各点からの反射光は、その反射点での凹凸に応じて角βを変化させる方向(図紙面内)で反射されるだけでなく、図紙面に垂直な方向にも偏光して反射されるから、その場合には受光素子と走査点(反射点)とは、もはや計器定数といえる1対1の対応関係が成り立たないと認定しているが、既に前述のように、レーザー光が乱反射する場合にも前述の1対1の対応関係は成り立つのである。しかしてレーザー光スポツトが線状になつた場合には、測定表面に対し1つのαを有する入射光について複数の角βが得られるだけであつて、この場合には頂角αを共有する複数の三角形が生じたというだけのことであり、基準線からそれぞれ異なる長さの垂線が複数個得られ、それらは線状のスポツトの部分の表面形状を表わす尺度となるのである。それ故レーザー光スポツトが直線状になつた場合にも、点状スポットの場合と全く同じ測定原理で表面形状を求めることができるのである。したがつて、測定表面の凹凸によつて受光素子と走査点とが1対1の対応関係にない場合において角βを求めることについて記載がないとする認定は、測定表面の凹凸によつてこそ受光素子と走査点とが1対1の対応関係におかれる本願発明においては全く意味のないことである。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

審決の理由に記載したとおり本件審決の認定判断は正当であつて、違法とすべき点はない。

ただし、本願発明が乱反射する面を利用して、それを包含する巨視的な物の表面形状を対象として測定するものであること、その場合、右乱反射による反射光の1つにより走査点7と受光素子14との間において1対1の対応関係が成立することは認める。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 審決が、角βを計器定数とすることができるのは、測定表面に光を散乱するようなデコボコがない場合に限られる、と認定した点について

本願発明が乱反射する面を利用して、それを包含する巨視的な物の表面形状を対象として測定するものであること、その場合、右乱反射による反射光の1つにより走査点7と受光素子14との間において1対1の対応関係が成立すること、については当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第3号証によれば、本願明細書には、計器定数とすることができるのは測定表面に光を散乱するようなデコボコがない場合に限られるとした記載はなく、却つて、次の各記載がある。「表面形状を決定する場合極めて多数の表面点の距離を測定しなければならないが」(5頁1行、2行)「この発明の装置においては光源からの光線を偏向する偏向装置の射出点と検出器の入射絞りの孔が1つの水平線上に設けられ、それらを結ぶ線分が基準線となり、この基準線と偏向装置から出たレーザー光ビームとの間の角αと検出器への入射方向との間の角βおよび基準線の長さから測定表面の各点の基準線からの距離が測定される(5頁11行ないし17行)、「受光素子のマトリツクスを検出器の光学系を通して測定表面上に投射すると1つの格子を構成するからその格子点を測定表面の(「と」は「の」の誤記と認められる)各走査点と考えれば測定表面の各走査点から反射した光は絞りを通つてそれぞれ特定の格子点受光素子に入射する(光路反転の原理)。」(6頁14行ないし19行)、「走査点7で散乱された光は検出器9に向う。」(8頁6行、7行)。

右各事実によれば、本願発明の対象とする測定表面は、光を散乱することができるデコボコのある面であり、このような測定表面によつてこそ、測定表面の走査点と受光素子マトリツクスの受光素子との1対1の対応関係が得られ、角βを知ることが可能であると認められる。

したがつて、審決の前記認定が誤つていることは明らかであり、この点に関する原告の主張は理由がある。

2 審決が、本願発明における「表面形状」とは、一般に表面粗さといわれている、表面のランダムな凹凸の状態を意味する、と認定した点について

前掲甲第3号証によれば、本願明細書には、本願発明が対象とする表面形状が表面粗さといわれる表面のランダムな凹凸の状態を意味する、とした記載はなく、かえつて「この発明は距離測定により迅速に表面形状を決定することができる光学的測定装置を提供しようとするものである。」(3頁19行ないし4頁2行)、「走査点7で散乱された光は検出器9に向う。」(8頁6行ないし8行)、「測定表面の形状を例えばミリ秒程度の短時間で決定することができる。」(9頁8行、9行)、「この発明による装置は容器内においての表面高さを監視しながら行なう計算器制御の製造工程に利用することができる。」(9頁11行ないし13行)などの記載があること、及び前記当事者間に争いのない事実によれば、本願発明が測定の対象とする表面形状とは、表面粗さのような、表面の微視的な性状をいうのではなく、いわゆるプロフイールといわれるような、物体の断面形状、すなわち物体表面の巨視的な凹凸の状態を意味するものであることが認められる。

したがつて、この点に関する審決の前記認定が誤つていることは明らかであり、原告の主張は理由がある。

3  審決が、走査点7に形成される直線状のレーザー光スポツトの各点からの反射光は、その反射点での凹凸に応じて角βを変化させる方向(図紙面内)で反射されるだけでなく、図紙面に垂直な方向にも偏向して反射されるから、その場合には受光素子14と走査点(反射点)とは、もはや、計器定数といえる1対1の対応関係が成立たない、と認定した点について

前掲甲第3号証によれば、本願明細書には、「受光素子のマトリツクスを検出器の光学系を通して測定表面上に投射すると1つの格子を構成するからその格子点を測定表面の(「と」は「の」の誤記と認められる)各走査点と考えれば測定表面の各走査点から反射した光は絞りを通つてそれぞれ特定の格子点受光素子に入射する(光路反転の原理)。従つて測定表面の走査点と受光素子マトリツクスの受光素子は1対1の対応関係にある。一方角βは測定表面の走査点と検出器の入射絞りを結ぶ線と基準線の間の角であり走査点毎に定まつたものであるから検出器の各受光素子の位置も角βに対応するものとなる。従つて角βは検出器の各受光素子固有の計器定数とすることができる。」(6頁14行ないし7頁7行)と記載されており、これに前掲当事者間に争いのない事実および前記1、2項認定事実を総合すれば、本願発明において、偏向された光線が、放出点から測定表面の走査点にあたると、この走査点で散乱された光の1つが検出器でとらえられることにより、走査点と検出器に設けられた受光素子の位置との間に1対1の対応関係が成立することが認められる。

そうすると、審決が、走査点においてあらゆる方向に反射することから、反射光を受光する受光素子と走査点との間に1対1の対応関係が成立つものではない、と認定したことが誤りであることは明らかである。

4  審決の結論の誤りについて

以上のとおり、1ないし3の各事項の認定を誤りその認定の誤りを前提として、本願発明においては、受光素子と走査点とが1対1の対応関係が成立たないものとの誤つた判断のもとに、拒絶理由のうち、「測定表面でのレーザースポツトが線状(長さのある)とすると、その線上の各点の凹凸によりそれぞれ反射され受光されるレーザー光の各角度βはどのようにして識別・取扱うのかが不明である。」とした(4)項の点(成立に争いのない甲第4号証参照)を依然として解消しないから、本願は特許法第36条第4項に規定する要件をみたしていないとした審決の結論は判断を誤つたものであり、取消を免れない。

3  したがつて、審決は違法であつて、取消されねばならないことが明らかであり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)

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